(無題)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…アリス、起きなさい」
 
ゆっくりと目蓋を押し上げると、そこには夢魔がいた。
 
「…ナイトメア」
 
「長い長い、夢を見ていたね」
 
「…ええ、そうみたい」
 
アリスは重い目を擦る。
 
「擦ってはいけないよ」
 
「ずっと泣いていたから、目が重くて」
 
「それは夢の中の話だろう?」
 
「うん…でも、すごくリアルだった。 絵本みたいなまるでリアリティのない世界だったのに」
 
「夢とは時にそういうものさ」
 
身じろぐと、肩から何かがずり落ちた。
 
「ああ、ごめんなさい。あなたの上着かしら」
 
「良いさ、別に。君のためなら」
 
「良くないわよ。弱いんだから、あったかくしてなさい」
 
「なんだか母親みたいだな…」
 
黒の上着を返すと、ナイトメアはなんだかふてくされた様子だった。
 
「…あら?」
 
身体の横についたてのひらにまだ暖かい感触がする。
 
「これは…」
 
身体をずらして見ると、赤い、何かよく分からないものだった。
 
薄っぺらい。
 
「…ペーターの、あい」
 
「違う」
 
少しの痛みを伴って頭に何かが浮かんできたが、それはすぐにナイトメアの声に払拭された。
 
「それはただの毛布だよ」
 
「もうふ… 毛布ね。 これも、ナイトメアが?」
 
どうして毛布なんかが分からなかったんだろう。
 
「いや、」
 
「?」
 
これもナイトメアが敷いてくれたものかと思ったが、そうではないらしい。
 
では、なんだろう。
 
…まぁどうせナイトメアがいるってことはここも夢の中なんだし、別にはっきりさせる必要もないか。
 
「それにしても、目が重いわ」
 
眠くないのに、目を閉じてしまいたくなる。
 
「…あれは、本当に夢だったのかしら」
 
あれ、が何を指すのかも忘れてしまったが、ひどく頭に引っかかる。
 
「ナイトメア、どうせあなた見てたんでしょ? どんな夢だったか教えなさいよ」
 
「もちろん私も見ていたさ。 …けど、どうだったかな」
 
ナイトメアは宙に浮いたまま足を組み替えた。
 
「君が忘れてしまったのなら、私も忘れてしまったよ。忘れた、ということはつまり、きっとどうでも良いことだったんだろう」
 
「そう…なのかしら」
 
「そうだよ」
 
断定されると、本当にそんな気がしてくる。
 
けれど、なら何故こんなにも引っかかるのだろう。
 
「眠そうだね、アリス」
 
「…眠くなんか、ないわ…」
 
ああ、まただ。
 
ナイトメアに言われるとそう思っていなくても身体の方がそれに従うように変化してしまう。
 
「眠くなってきただろう?」
 
「ええ、…」
 
とろり、と夢の中の世界が溶ける。
 
ここって、こんなに蒼い世界だったかしら?
 
「こっちにおいで。私の膝で眠ると良い」
 
「ん…」
 
毛布をそのままに置き去りにして、足を組んだナイトメアの元へと歩く。
 
一歩進むごとに確実に眠気は増して、たどり着くころにはもう膝がひとりでに折れていた。
 
倒れかけた私をナイトメアはそのか細い身体で支えて、私の頭をその膝に乗せてくれる。
 
もう目を開いてはいられない。
 
「おやすみ、アリス」
 
「おやすみ…なさい」
 
すぅ、と吸い込まれるようにして、アリスは夢の中の眠りに降ろされていく。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アリスが寝てしまうと、会話もすべてなくなって夢の世界は静寂に包まれた。
 
そこにナイトメアは真実アリスとふたりきり。
 
ずっと彼女を望んではいたが、こんな形でふたりになりたかったわけではなかった。
 
そうしたのはナイトメアではないのに、彼は罪滅ぼしをするかのようにアリスの頭を優しくなで続ける。
 
 
おそらくそれは、永遠に。
 
 
「すべてを私の所為にして、―――――せめて君だけは幸せに眠っていてくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ネバーランド、
―――きっと夢は醒めない
 
 

write:2010.07.xx
「ハトアリ」のナイトメア