ひとつ乗り越えれば、ひとは随分と変わるものなのだと分かった。かつては人の顔を見ることすら億劫であったが、今は目を合わせる努力してみようとさえ思う。何分数年間の怠けがあったもので気が進まぬこともまだ多いが、きっとそれはすべていつかうまくいく。漠然とした確信はようやく芽生え始めた、僕の自信であった。
高校一年生にしてはずいぶんと派手で内容の詰まった半年を過ごしたように思う。最初の数週こそ中学時代のトラウマから、周囲と馴染めずひとりで食事をとり、授業中だって結局はひとりぼっちで受けて、まるで模範的な生徒を演じさせられていた。時々妄想したのは、冴えない見目をした担任の「授業中はいたって真面目な生徒なのですがね、いかんせんその自己主張のなさが個性のなさのようだと言いますか、いえ、個性はあるのでこう言うべきでしょうか、まるで自我のない人形のようで、不気味です。暗い子ですね」という声だ。不気味です。暗い子ですね。不気味。暗い。言われるだけで気が滅入る、聞き飽きるほど浴びせられた言葉だ。不気味で、暗いから、なんだって言うんだ。こんな僕に誰がした?勝手に人の言葉を妄想して、それに上位からの反論を妄想して、それが唯一の日々の楽しみだったのかもしれない。いいや、それは違うか。少ない昼食を早々に始末し、毎日のように足を向けた校舎裏での一連の動作は楽しみを超えた趣味であり、数日目にして習慣になっていた。ひとつ積んでは親のため、ひとつ投げては親のため。そのときはもうひとに向けてボールを投げることなど考えられなくなっていたから、壁は壁でしかなく、虚しい思いは一投ごとに増していった。ボールがキャッチャーミットに吸い込まれるように収まる様を思い描く。あの震えるような感動はもう二度と僕には訪れないのだろうと諦めていたし、それはまた確信でもあった。僕のボールを受けるのは女房役などではないし、コントロールなど必要ないと分かってはいたが、それでもボールの跡が残るのはストライクゾーンの四角の中だけ。たまに外して敬遠などして、壁の向こう側にブラウンのキャッチャーミットを想像しながら、たまに授業を忘れてまで、投げた。放課後、野球部から聞こえてくるのであろう高らかな打撃音と、距離の割に不思議なほど綺麗に耳に届くあの音に、ああ、帰らなくちゃ、と落胆する。部活などする気はない。入るならば野球部だと思ったが、自分が迎合されるとは到底思えなかった。何より勇気がなかった。何度か帰りに見かけた練習中の彼らは、僕を受け入れてくれる用意なんかしちゃくれないさ。来てくれと言われたら行ってやっても良いかな、なんてひとりで妄想してみたが、僕はそんなキャラじゃなかった。泣けそうな気さえした。涙なんて一滴も出なかったくせにまぶたは腫れるほどに重く、目を閉じると浮かんだのは色あせたキャッチャーミットで、もしかしたら僕は笑っていたのかもしれない。目を閉じたまま、いつの間にかかいていた手汗でじっとりと湿ったボールを強く握り込む。体に染み付いたサイドスロー、握りはシンカー。いつから意識しなくなったひとつひとつのモーションを、目を閉じたまま丁寧になぞっていく。耳に届くのはあの乾いた音ではなく、壁にぶつかる鈍い音だ。それでも良かった。次はシュート、もう一球とポケットにねじ込んでいたボールを掴んでインステップ、早く、投げる。重い音が響く。得体の知れぬ焦りを感じて、息をついた。キャッチャーミットに、投げたい。僕の球を受けてほしい。誰だろうと構わない。
「持ち球は、シンカーとシュート?」
そのとき、僕にとってなんとも好都合なタイミングで現れたのが、由太郎という名前のキャッチャーミットだったのだ。僕は突然声をかけられてひどく驚き、みっともないことにその反動のまま尻餅をついた。なにしろ、人に声をかけられるなんて久しぶりのことだった。恐る恐る目を開けると、真っ赤な西日に照らされた、傷だらけの手が差し伸べられていた。これが僕と由太郎の出会いである。
その後はみんなの知るところ、反射的に目の前の手を掴んだ途端、猪のように走り出した由太郎に引かれ野球部に押し込まれ、なんだかんだあって今に至る。あれから半年が経ち、選抜を経て、僕はどういうわけか黒撰のエースピッチャーと呼ばれるようになっていた。入部当初世話を焼いてくれていた小饂飩先輩たちは既に引退していて、うるさくて仕方のなかったあの喧騒が、もう懐かしむほどに遠い。野球部を退いた彼らに気を馳せるたび思い出すのは、あの試合、9回裏の打席。もしあのとき、僕が一度提案したように代打が出されていたら、どうなっていたのだろうか。どのみち黒撰は十二支に負けていただろう。あの状況で由太郎以外にホームランが打てるとは到底思えない。結局のところ僕ができたことなんて何もなかったのかもしれない。それでもあの打席は、いいや、あの一連の出来事は、この先一生かかっても忘れることなどできないだろう。今まで生きてきた十何年を覆し、僕は生きる理由を見つけた気にすらなった。それは野球だけではない。かつては人の顔を見ることすら億劫であったが、今は目を合わせる努力してみようとさえ思う。あの試合を乗り越え、僕は強くなった。もっと力強く生きていけるのだ。何分数年間の怠けがあったもので気が進まぬこともまだ多いが、きっとそれはすべていつかうまくいく。漠然とした確信は、ようやく芽生え始めた、僕の自信であった。
戦え人生を
2013.02.22