締めるところが違います
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なんだか息苦しいなあと思って目を開くと藤内が私の首を絞めていた。

ちょうど私の腰あたりに座り込むかたちで馬乗りになり腕を突っ張っているから顔がよく見えない。

夜目がよく利くのは忍者の能力としては当然持っているべきもののひとつでもちろん綾部もその力を備えていたが、しかしいくら月が出ていようと星が瞬いていようとこちらが障子戸を締め切って部屋に篭っていたのではまるで意味がないのではないかと場合によっては思わなくもなかっただろう。

だがしかしながら今の綾部には当たり前のようにそんなことを思いつく余裕もなくただひたすらに藤内の顔が見えないのはいやだなあ、寂しいなあとそれだけを考えていた。

もっとも、綾部はこの"藤内が自分の首を絞めている”という事象を最初から夢と決めてかかっているので今自分が感じている寂しさもすべて夢なんだろうなあと完結させた上でまた寂しがっているのであり、いやだなあと思っているその次の瞬間からまあ夢が覚めたら現実の方の藤内のところに行けばいいか、とこれまた完結させてしまっていた。
 
そしてそこでそれでもまた一周半して思考が元の位置に戻ってしまうあたりが綾部の綾部たる所以なので、今度は綾部の思考はどうやったら夢の中で夢の中の夢の藤内の顔を見ることができるだろうかという方向に飛んでしまっていた。

綾部がそんなことをつらつらと考えている間も藤内は綾部が目を開いたときと変わらず((或いはさらにその前から変わらずずっと))首に両手を添え絞め続けている。
 
そこに殺意があるにしろないにしろ、これだけの時間他人の急所に力を込め続けるというのは相当疲れる仕事なのではないだろうか。

少なくともそれなりの精神力は必要だろう。

彼の腕は少し前から細かに震え始めていて、綾部からは見えないがその額にはじっとりと汗が滲んでいる。

実は目尻に涙すら浮かべていたのだが、たとえ見えていたとしても綾部にはその意味は解らないことだろう。

時折思い出したようにぐ、と力の入るてのひらは不慣れな所為か隙間だらけで気管も血管もさして抑えられずただ力を持て余したように震えるだけで、この行為が果たして本当に相手を死に至らしめんとすろ為のものなのだろうかと疑わせる。

これは夢のなか、夢のなか。

綾部はなんとなくそう口に出そうとしたが喉から漏れるのは弱弱しい風ばかりで期待したような音は出てこなかった。

しかし相手ははっとしたように目を見開いたので((もちろん綾部には見えていなかったが))もしかしたら聴こえたのかもしれない。

ふとてのひらが緩んだその隙に綾部は冷たい空気を吸い込んだ。

もうずいぶんと呼吸をしていなかったような気がする。
 
「とーない」

今度は口に出そうとした訳ではないのに、勝手に言葉が出てきた。

名を呼ばれた藤内は顔をくしゃりと歪めたが、それが見えない綾部から見れば彼はまるで無反応だった。

緩んでいたてのひらが今度はぺたりと隙間無く首に張り付く。
 
力は込められていない。

ただ添えてあるだけだ。

「あやべせんぱい…」

舌足らずな口調で藤内は呟いたが、それもまた決して自分からそうしようと思ってしたことではなく “名を呼ばれたら呼び返してしまう”彼の癖のようなもので、彼自身自分が声を出したことに驚いている。

「とーない」

意識して呼ぶと、藤内の突っ張ってまっすぐになっていた腕ががくりと力を失った。

「…綾部先輩」

その拍子に額の汗と目尻の涙がぽたぽたと綾部の胸元に落ちて夜着に染み込んだ。

それを感じ取って綾部は身体の左右に放り出されていた両手を藤内の顔の位置まで持ち上げる。

驚いた彼が目を閉じるのとほぼ同時にぐいぐいと乱暴に素手で汗と涙とを拭った綾部はそのまま手を自身の夜着に擦り付け、気にした風も無くまた何も無かったような顔をした。
 
改めて綾部が藤内を見てみると、腕の力が抜けて支えを無くした身体が傾いでいて少し前屈みになっている彼の傷ついたような、困惑したような表情がうっすらと見えるようになっていた。

そこに昼いつも見ているような笑顔はどこにも無かったので綾部も真似をするように困惑した表情を浮かべてみる。

「とーない?」

どうしたの、と問うつもりだったが藤内の口が小さく動いたのを見て、口を噤んだ。

「……て…」

声が小さすぎたのか聴き取れず頭に疑問符を浮かべる。

「なに、とーない」

もう一度口を開きかけた藤内に期待の眼差しを送った。

彼の唇は可哀想なくらいに震えていて、それは藤内とはまるで別の意思を持って動いているのではないだろうかと考えた。
 
唇が邪魔をする所為で藤内は喋れないんじゃないだろうか。

綾部がそう考え一瞬空想に奔ったその隙を狙ったか否か、今度こそ明確な意思を持って既に前に傾いていた身体がさらに傾いだ。

癖のある前髪が綾部の顔にかかり、まるで自分が藤内になってしまったようだ。

鼻先が触れ合うまであと数寸というところに藤内がいなければそう思ったところだろう。

すぐ近くに、顔が見えないほど近くに藤内がいる。

それだけでなんだか嬉しくなって、小さく笑いながらそれまで考えていたすべてを忘れて彼を見つめた。

今綾部の視界には藤内しかいない。

世界がすべて藤内になって幸せだ。

そんな綾部を知ってか知らずか藤内は一層傷付いた顔をした。

昼とは違う、少し低い声で小さく呟く。

「どうして」

綾部の首を絞める、そのままのかたちで藤内は小さな牙を持って綾部の唇に咬み付いた。
 
 
 
  
 

「なぜあなたはそんな風に平気な顔をしていられるのですか」
 
 
 
 
 

「俺はこんなにあなたを好きで、それが言えなくて、死んでしまいそうなくらいなのに」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いつ書いたんだろう
確か抱き締めるつもりが首を絞めてしまった藤内がテーマ
なんだそりゃ