「もしもあなたが死んで、白い骨だけになったら」
 
 
藤内の優しいその言葉は綾部にはとても魅力的な子守唄のように聴こえた。
 
「…とーない」
 
「はい、藤内です」
 
「どうしたの?」
 
折りたたんだ膝の上で首を傾げたつもりかぐしゃりと髪をこすりつける恋人の顔は何時もと変わらず無表情だ。
 
たった今まで閉じていたまぶたを押し上げようと人差し指を持ってきてあてがう、その動作が愛おしい。
 
「いえ、何でもないです」
 
無表情には笑顔を。
 
笑いかけるとやっと笑う、彼は単純に藤内に反応してくれるので藤内の幼い支配欲はそれだけのことで満たされた。
 
何でもないと、言えば本当に何でもないのだとすぐに信じ込んで返事すらせずに得心を示す綾部の髪をなで、いつの間にかはさまっていた毛先をひかがみから外すだけでも満たされてしまう。
 

幸せだ。
 

近い未来、彼が自分を置いてここから出て行ってしまったとしてもきっと藤内は幸せでいられるだろう。
 
置いてけぼりは慣れているし彼がいない朝に感じる淋しささえ藤内を暖かく満たして幸せにするので綾部は不在であるというそれだけのことで存在を証明し尚一層藤内の未熟な愛情を一身に受ける。
 

とーない、とーない。
 
 
綾部だけがそう呼ぶ綾部だけの藤内は綾部だけを見つめ綾部だけに微笑んだ。
 
恋は盲目。
 
藤内と綾部はそろって「綾部に」盲になっている。
 
故に微笑みだけが成熟した藤内はそれこそが唯一綾部を藤内の膝に縛り付けているのだとは気付かない。
 
近い未来、綾部が藤内を置いてここから出て行ってしまう時。
 
それでも藤内は幸せで、綾部がこの世で生きている限り幸せのままだ。
 
そしてもしも綾部が死んで白い骨だけになったら、背中を隠す上着を作り、どこか二人きりになれるところで藤内が死ぬその時まで共にいることを夢見続けるだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

綾部がそれを望んでいないことを、藤内は知らなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
天野月子嬢の「骨」、あれは名曲
レパートリーがなくて申し訳ないです