リオン=マグナスとは、最低な男なのだ。

「リオンさん、私…」

身がちぎれてしまいそうな思いで熱い恋心を伝えたというのに返ってくる答えはといえば

「これは夢だ、そうに決まっている…」

と繰り返しつぶやく声だけである。何が夢だ、最早答えですらない。

「あの、リオンさん?」
 
「ああ、フィリア悪い、僕はどうやら寝不足らしい」

今日はもう休む、それだけを言い残して去っていく男を見て、私は思う。
 
これを最低と呼ばずして どうする。
 
 
 
 
 
 
 
 

甲斐性無しはに沈め
 
 
 
 
 
 

彼を想い始めたのはいつだったろうか。
 
ずっとスタンのことが好きで、その恋が決して叶わないということを思い知らされたその瞬間でさえ自分はこの先彼を、スタンを忘れることは出来ないだろうと思い密かにしぶとく恋慕し続けていたはずの私の心をいとも簡単に攫っていったのは何でもない小さな優しさが理由だったと覚えている。
 
内容すら思い出せない、それは本当に本当に小さなものだったはずなのにしかし持って行った心を返してくれるほどには優しくなかった。
 
優しいひと、なんてこの世界に何人いる?
 
優しくしてくれるひと、なんて、星の数ほどいる。とは少し言い過ぎかもしれないがとにかくそんなありふれた性質で恋に落ちるなんてばかげた話だ。
 
けれど彼を想うと胸はきゅんと疼くし姿を見るだけで奪われたはずの心はどきどきとうるさいくらいに激しく鳴り出す。
 
目が合ったなら呼吸困難で死んでしまいそう、これを恋と認めないわけにはいかなかった。情けないことに。
 
けれど時々気まぐれのように少しだけ私に小さな優しさを見せてくれるリオン=マグナスとは、私が焦げ付くほどの恋心を打ち明けてもまったっく信じてくれない、とんでもない甲斐性無しだったのだ。
 
彼だって目が合えばすぐ逸らして頬を染めてみたり 何でもないときにぼうっと私のことを見ていたりと思わせぶりな態度をとるくせに(ルーティ・談)、それを知ったからこそ私は今度の恋こそ報われたいと思ったというのに、そもそも信じてくれない、そこからだとはさすがに考えていなかった。
 
 
 

だから私は怒っているのだ。
 
 
 

とんだ恥をかかされた、とは思っていなくもなかったが、それよりも何よりも、彼だって私と同じ気持ちでいるのにそれを確かめさせてくれなかった彼に腹が立った。
 
私はあなたを好きなのに、あなただって私を好きなのに、どうして答えるどころか信じてくれることさえしてくれないのですか と面と向かって言えたら良かったんだと思う。
 
けれど、それからというもの彼はあからさまに私とふたりきりになることを避けたし、私もみんながいる場でそれを口に出来るほどの度胸は持ち合わせていなかった。
 
「ねぇリオンさん、私はあなたのことが好きですわ」
 
心の中でならどんなことだって言えた。

「この甲斐性無し」

恋情だって罵倒だって告げるのはこんなにも簡単だ。
 
何を言っても届かないのは同じ、今なら何だって言える気がする。

「リオンさんのちび。すぐ敵にやられてしまいますし、素直じゃなくて、かっこつけてて、でもマザコンでシスコンで、中身がとても幼くて、無理しいで、意地っ張りで、少ししか優しくしてくれませんし、…良いところより改めた方が良いところの方がずいぶん多い気がしますわ」

すらすら口から出てくるのはあまり良くないことばかり。
 
それはどれだけ私がリオンさんを見てきたかに比例するのだろうか。それにしてはあまりに少ない気がして、口を噤み良いところはと探してみると思ったよりたくさん浮かんでしまってなんだか泣きたくなった。

「でも、そんなところを含めて、好きなんです」

浮かんだものは口にするには多すぎて、代わりに言い訳のようにそっとつぶやく。
 
悪いところがあって、そこも好きで。良いところはもっと好きで。
 
なんてばかばかしいんだろう。もう届きもしないのに、今更、
 
 
 

「…リオンさんに、『好き』と言われたかった」
 
 
 

何を言っても、もう甲斐性無しのあの男は水の中に沈んでしまっている。
 
返事なんて聴こえない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

write:2010.08.28
 
 
初対面のとき私に跳び蹴りをかましてくださった彼女へ