仕事がいつもより早く終わった日には柔らかなベッドの上でのんびりとうたた寝をする。
これ以上に至福ののときがあるだろうか?
もしかしたら探せばひとつくらい見つけられるかもしれない、けれど探す必要を感じないくらいにはやっぱり至福だと思う。
オイラはそういう感じにオイラらしくないことをぼんやりと考えながら、一旦浮上してしまった意識をもう一度深く押し込もうと試みた。
いつもならあっと言う間に夢の中にどぼん、だ。
しかし、ここで邪魔が入る。
「もう、だめ! セドル、わたし死んじゃうわ!!」
耳に痛い金切り声で彼女は騒ぎ立て、オイラの惰眠を見事に霧散させやがった。
何が死んじゃうわ〜、だ。殺しても死なないくせに!
「うるせーよ! オイラは眠いんだ寝かせろ!」
「うるさいのはアンタよ!!」
いや明らかにお前だ。
じと、と目を凝らして睨みつけると「セドルのくせに生意気だぞ!」と投げられる枕。
これ使えってか。
一秒足らずで眠りにつけってか。
猫型ロボットが何とかすべきなのはオイラじゃなくてこいつの方だ。
「もうほんとだめ…この世の終わりよ…ああ、せめて3DSでラブプラスやるまでは死にたくなかったのに…」
「あと3ヶ月もねえじゃねーか」
「もう3秒と生きてはいられないわ!」
「3、2、1、…生きてんじゃん」
「もののたとえよ!」
は目尻にうっすらと涙をにじませながら喚き散らした。
泣くほどのことか。
「ぐすっ…だって…」
「へーへー、セドル様がお前の悩み聞いてやんよぉ」
「セドルむかつくんですけど」
「さっさ言えや!!」
の頭を引っ掴んで長い髪の毛をぐしゃ、とかき混ぜる。
やれやれ、とこれ見よがしにため息をつく。
お?
オイラ今カッコ良くね?
「ううう…」
「…ったく…オラ、早く言えよ」
「仕事が…仕事が終わらないんだよう〜!!」
オイラはまたまたカッコ良く、ため息。
「自業自得じゃねーか。お前寝食すっ飛ばして発売日からずっと黒白やってたからだろ」
「はぁ? 何言ってるのよ。フラゲしたから発売日の2日前からよ! てゆうかね、女主人公が…女主人公がかわいすぎるのがいけないのよ! なにあの内腿! 凄絶なるわたしホイホイ! さすが京都の花札屋! 憎いね!よってわたし悪くない!!」
「頭が悪りーよ」
「え? わたし今セドルに頭悪いって言われた?! 父さんにも言われたことないのに…」
「分かりやすいネタはやめとけよ…あざとい」
「セドル「あざとい」って言葉知ってたんだねおねいさん関心しちゃったよ。バカだと思っててごめんね?」
「うるせー」
なんだよこのクズゲーマー!
ちょっとへこんでるっぽかったから人がなけなしの親切心奮って構ってやったってのにこの態度、あー心配して損した。
もう寝る。
…心配?
オイラが? ないない!
ごろりともう一度ベッドに横になると、背後でが鼻をすすりあげる音がした。
書類ががさがさ鳴る。
引っかかりながらもなんとか滑らかに走るペンの音。
…ったく、本気出して集中すりゃあ仕事なんてすぐ終わらせられるくせに、くだらないゲームなんかに入れ込むから毎度毎度痛い目にあうんだよ。
こいつというやつは本当に学ばない。
ゲームに対する熱意を、もっと他のモンにも分け与えれりゃあは優秀な部下だ。
もちろんそんなことは決してないから、オイラの部下の中でもはいっとう劣等生だった。
まあ、オイラの手持ちで書類仕事ができるのはこいつくらいだから、重宝してるんだけどな。
「きりきり働けー」
「ちくしょう目玉おやじがあ」
「何か言ったか」
「いいえ何も! お仕事たのしいな」
背中を丸めて書類と向き合う。
オイラはその姿が、結構好きだ。
ゲームのせいで極端に弱った視力をもって、キスでもしかねない至近距離で書類を睨みつけるその姿に親近感を覚える。
だけではない。
そういうときのこいつはやたら無防備で、すぐ側にオイラがいることなんかさっぱり忘れっちまったように死にものぐるいで紙束を消化していくんだ。
その光景になぜだか視線が勝手に吸い込まれる。
そんなもんが見放題。
……おっと、何かクるものが。
「おい」
「へい何でございましょ支部長サマ?」
「それ終わったら、一発相手しろよ」
「ああ〜……そうねえ。肩凝っちゃったし、ほぐしがてら全身運動なんてのも乙よね。人間、気分転換って大事だわ」
「そうだろ? 天国までぶっ飛ばしてやるから、早くそれ終わらせ」
「だが断る」
「そーくると思ったよ!」
どこまでも出来の悪い部下だな!
上司の意向くらい汲みやがれってんだ。
汲まなくても無理矢理汲ませるのが上司ってもんでもあるがな。
悪く思うな、なんかもう息子はやる気になっちゃってるんでね。
オイラはうんうんとひとり頷いて、を机から引きはがした。
「あっ ちょ、バカ! 仕事まだ終わってない…」
「ヘブンズ・ドアー」
「は?」
オイラはの握っていたペンを奪って、あいつの頬に「オイラとヤりたくなる」と書いた。
はすぐに懐から小さな手鏡を出してオイラの反転した金釘流を確認する。
ここでさっと鏡が出てくるあたり、こいつも女だったんだなとか思う。
普段はキレイサッパリ忘れてるんだけど。
「…セドル、仕事、」
「ベイにでもやらせとけ」
「あいつができるわけないじゃない」
「じゃあ後回しだ」
それ以上余計なことを言わせないように唇を不揃いな牙で塞ぐ。
この口は、文句を言うためにあるんじゃない。
「天国まで、ぶっ飛ばしてやんよ」
キスを中断してにやり、と笑うとは「はは、そこにシビれる、アコガレるぅ」と棒読みした。
色気ねーな。
のくせに生意気な舌を、三本の葉くいで押さえ込む。
音を立てて吸いつくとはわずかに息を漏らしてオイラの背中に爪を立てた。
こういうところは可愛げがあるよな。
さて?
なあ、知ってるか。
オイラにスタンドはねーけど、お前を天国にイかせちまうことくらいならできんだよ。
だから覚悟しときな。
ヘブンズ・ドアーを叩け!
write:20101107
当時の時事ネタが多くて恥ずかしい