年が明けて初めての朝日(時刻はとうに昼であったが寝起きの僕にとっては朝であるから朝日、である)が冴える元旦、まだ眠いながらも新年早々二度寝してしまうのもなんだか勿体ない気がして、散歩でもするかと薄暗い廊下を歩いていると向こう側から派手な色の布のかたまりが突っ込んできて寝ぼけ眼の僕は避ける間もなくそれに衝突した。
なにごとかと自分より低い身長のそいつをよく見てみると、何と言うことはない例のお転婆娘であったから新年早々、面倒な人間に出会ったものだと己の不運を呪おうか考える。
よくよく考えると考えることすら面倒だったのでひとまず思考するのはやめて、とりあえず自分の胸に張り付いた彼女を引っぺがした。
改めて確認してみると見下ろす衣装はどう見てもいつも彼女が纏っている色気のないジャージやらパーカやら作業着やらとは違っているようで、所謂晴れ着、ご立派な着物だった。
馬子にも衣装とは言うが彼女は明らかな西洋体型のせいかどこかちぐはぐな感は否めない。
詰め物はしたのだろうがあちこち諦められたのだろうしわが伺える。
それでも何かしら感想は言わなければならないだろうからその珍しさだけを強調して「へえ、珍しい。着物なんだ」と僕は無難にそう言った。
「Taurusに着付けていただいたのです!」
「…Taurusに?」
「はい!」
彼女は自慢げに胸を張ってそう笑うが、着付け?
それって「女扱いされてないんじゃないの?」。
「望むところです!私とTaurusの間に浮ついた感情など要りはしませんから!」
「……あっそ」
彼女に言っても無駄なようだった。
Taurusにしても衣装が一応女物だから性別を勘違いしているわけではなさそうだが、それでもそれで良いのかと思わなくもない。
「お疑いですか? 何ならこの胸を削ぎ落としても…」
「やめときなって。唯一の取り柄がなくなる」
体型ゆえの着物の似合わなさだったが、それでもそこがなくなるとまさに性別不詳になってしまう。
まあそのサイズからして、より馬鹿っぽさを助長しているだけと言ったらそれまでだが。
一番しわが寄っている箇所を下心なく見るとしかし彼女は不躾な視線にまったく反応することをせず袷に片手を突っ込んで何某かを取り出した。
「えへへ、Taurusにお年玉いただいちゃいました」
またも自慢げである。
「子供扱いされてるんだよ」
ため息と共に首を振るがそもそも人の話を聞いていない彼女だから、丁寧に小さい封筒を同じところにしまい込んで「そういえばなんでSagittariusは私には敬語ではないんですか?」と早速話題を転換させてきた。
お年玉に関しては本当に見せびらかしたかっただけらしい。
自分の用事が終わった途端どうでも良さ気な話題に移行。
しかも今更すぎる。
「あなたはとても年上には見えませんからねー」
僕は戯けて言ってみた。
「ってゆーか君、実際いくつなの」
「レディに年を訊くのは失礼ですよSagittarius!」
「…『レディ』?」
「あっ!今笑いましたね?!」
「だって君、さっきは性別なんて関係ないみたいなことを言ってたくせに…」
「それとこれとは別の話ですよう!」
そう別の話でもない気がしたがそこを論ずるのもまた面倒なことになりそうだ。
このひとといるといつもこんな感じに色々と潔く諦めざるを得ない場面が出てくる。
不本意ながら、そういう風に流されてしまうのだ。
他のやつらはこれとどうやって会話を成立させるのか訊いて回りたくもなる。
「Sagittarius? どうかしたんですか?」
熱があるのかと思ったのかてのひらを僕の額に押し付けてくる彼女はいたって能天気に着物が着崩れることも厭わず無意味につまさきに力を入れて背伸びをしてみたりぴょこぴょこと落ち着きがない。
鬱陶しい手を邪険に払って彼女でも気付けるようにわざとらしく大きなため息をつくとしかしタイミング良くと言うか悪くと言うか彼女は「あっ!」と他のものに気付いたような声を上げた。
「どうかした?」
突然大きな声を出したと思ったら彼女はいそいそと居住まいを正して今更ながらに「明けましておめでとうございます」と馬鹿丁寧に言ってぺこりと頭を下げる。
次いで忘れてました、と歯を見せて笑った。
それ、普通忘れるか?
そう思いつつも当の自分がまず忘れていたという事実を棚に上げるのもどうかと思われたので僕は決まり悪く苦笑いを反すことでごまかした。
「今年もよろしくお願いします」
「まあ、ほどほどに、ね」
下がった頭の、頂点を見るとつい数分前までは整えられていたのだろう崩れた髪型に自然とため息が出る。
手を伸ばして見苦しく纏められた髪から簪を抜こうとするが、引っ掛かって上手くいかない。
「ちょっ…何するんですか、Sagittarius、」
「いや、何も」
諦めて手を離すと何もしていないくせに息を荒くした彼女は僕を鋭い目付きで睨んできた。
まあ気持ちは分かる。
彼女からして見ればTaurusがせっかく整えてくれたものだ。
たとえそれが既にに原形を留めないほどに崩れていたとしても。
何か良い言い訳でも浮かばないものかとさすがに面倒臭がることはやめて考える。
「……何か弁明はありますか」
「あー、うん、あれだ。それを口実にしてもう一回Taurusに髪、結ってもらいに行ってきなよ」
「……………」
半分苦し紛れだった提案に返ってきたのは無言だったが、これは受け入れてくれないだろうと思った言い逃れでもそれがTaurus絡みなら彼女が採らないはずがないのだ。
一瞬にして予想が立った通り彼女はひとこと呟きのような声色で採用、と応えたあと、別れの挨拶もそこそこに着物の裾をこれでもかと乱しながら廊下を元来た方向へと走っていく。
案外扱いはと言うと楽な彼女である。
それにしても新年早々、面倒な邂逅であった。
慣れない衣服に手こずる後ろ姿を目を細めて眺めていると口から欠伸がひとつ漏れ出して、しょうがないから前言を撤回して眠気に逆らわず自室で二度寝を洒落込むか。
なんて回れ右をする理由を作った。
まあ色々と考えることもあったしやっておきたいことみあったが、よくよく自分の姿を見てみると何と寝巻きのままだった。
どうやら着替える手間はかからなそうだったので考えるのはそれまでにして速攻部屋に戻ることにしよう。
会ったのが彼女で良かった。
とか思ってしまうのはかなり癪だけど。

…ああ、恥ずかしー…
 
 
 
Fine clothes make the man.


write:20110104