背中をさすってくれるのは本当にありがたい、ありがたいのだがこういう時はちょっと遠慮してほしいなあ…なんて思うのだ。それって嘔吐を助長しているようにしか感じられない。
「はや、はやと、もういいから」
しかし彼は黙りこくったまま、右てのひらを私の背中に擦り付ける。その手付きが優しければ優しいほど、私の吐き気は手が付けられなくなってくる。もう、とうにお夕ごはんはすべて吐き出しているし、デザートなんて跡形もない。胃液も吐き出せるぶんは吐き出し切ってしまったようで口を大きく開いていやな臭いのする洗面器に覆いかぶさっても、喉を振りしぼってそこから出せるのは低い嗚咽くらいのものだ。無駄無駄、これ以上は気持ち悪くてつらいだけ。だから、やめろっつってんのに。
「ね、ねぇ、はやとってば…」
文字に起こしづらい音を吐いて、その合間にこうやって彼に呼びかけてやってもうんともすんとも言ってくれない。普段なら私がなにを言っても殊勝に頷くだけのくせしてこういうときだけって君は一体どういうつもりなのさ。彼が返事をしたら言ってやろう、と思ってることが溜まりに溜まって、嘔吐感以上に涙を押し上げてくる。本当は分かってるんだ。颯斗はこうやって「彼女に優しく接する自分」に酔ってるだけだよね。自分がそうしたいからそうしてるんだって颯斗に、私からの要望は聞き入れがたいものだ。そしてそういった文句めいたものをぐるぐると脳内でかき混ぜながら、私はそんな颯斗の幼稚性がかわいくてかわいくて仕方がないとか思ってる、その優しさにずるずると引き込まれていく。
 
 
 
~青空颯斗の場合~
 
write:20110815