思えばいつもより照れた様子の東月錫也が、私の手を取り赤らめた頬をごまかすように早口で「結婚しないか」と訊いてきたとき、既に私の世界は壊れていたのだ。私の世界にはもう何年も前から錫也とそして私しかいない、なら壊れたのは紛れもなく錫也か、私である。私である。了承もなく当然のように私の左手にはめ込まれた銀色の輪っかは冷たく固まっていて、直前まで握っていた錫也のてのひらの温かさなんて微塵も感ぜられず、熱を受け取れない私はああ、感覚が麻痺してしまっている、と茫然とそれを見つめる。錫也は口を開かない。返事を待っているのだ、私のイエスを。動かない錫也を錫也の目を見上げる、その顔は期待も不安も抱いていない。指輪と同じなんだ。断るつもりなのかと訊かれたら、違うの、そうじゃないの。だけど私は、私は、いらないの、そういうものは、なにも、なにひとつ、私が錫也に求めているものはそんなリアルな愛情じゃない。うすぼんやりとした、もっと子供じみた、おままごとの夫婦ごっこでいいの。それじゃなきゃやだよ、だって現実はつらいもの。汚いもの。そうだ汚れている、私はそれを知っている。女の子はいつだって夢が見たい。綺麗なものだけを見て、綺麗なものだけに囲まれていたいの。錫也はそれが分かってないよ何も分かってない。私は王子さまみたいな錫也じゃなきゃだめなのに、そんな、雄らしい錫也なんて、なんて、気持ち悪い。
 
だからごめんね錫也、答えはノーだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私はマウスを握っていた手を離し、選択肢を見つめる。しばらくそうしていたが、結局どれも選ばず落ち着いた動作でクイックセーブ、タイトルに戻る。ウィンドウを閉じれば汚い現実が待っている。私の愛した錫也もファンタジーも、もうどこにも見当たらない。
 
 
 
 
 
 
 
 
私の愛したファンタジー
 
write:20111006