なんだか今更、照れくさくって。明日やろう明日明日と先延ばしにしていた結果がこれである。いけないな。とうとう今日が来てしまって、明日とごまかすにはもう無理がある。「直獅、がっかりするかな」ここにきてもまだ目を背けれないかとひとりごとを言ってみるがどうにもサマにならない。そりゃあがっかりするだろうよ。祝わないわけじゃないけど おめでとう、はい終わりっ て、それだけだとあまりにも素っ気ない。あいつのことだから、たったそれだけのことでもひどく落ち込むことだろう。馬鹿正直な奴だもの。ちっちゃい頃から の付き合いの私の前では「大人」であろうとしない彼が素直に落胆を示す姿は容易に想像できる。ねだることはしなくても年に一度しかない誕生日のプレゼント を期待するのは当然のことで、それをすっぽかそうとしている私はとても悪いことをしている気分だ。

「直獅、ハッピーバースデー!」
と びっきりの空笑顔で言ってやると、直獅は去年までと同じ声色で「おう、ありがとな!」と笑う。数秒の沈黙のあと、私が手ぶらでいることに気付いた彼はそこ で初めてその表情を崩した。「お前からは、何もないのか…」想像していたとおりのリアクションで落ち込んでみせる直獅に良心が少しだけ痛んだが、同時に、 子供っぽいなあと微笑ましくも思う。「なーおし!」媚びるような猫なで声で呼ぶと、彼が涙までにじませていたことに気付いた。こういう心に体が追いつい ちゃうところが子供っぽくて、直獅らしいなあ。泣き出しつつも名前を呼ばれて期待し始めてるところも単純で子供みたいだ。
「ね、私とデートしましょ?」

「ま さか、お前からのプレゼントがデパートデートとはな…」嬉しいっちゃあ嬉しいけど複雑だ。って内心を隠しもしない表情だ。「いや、さすがにそれはないわ」 直獅は私を一体何だと思っているのか。ほらあまた、えっ違うの?とでも言いたげな顔。分かりやす過ぎ。「あのねえ、言葉の文をそのまんま受け止められたら 困るのよ」ノリが良いのは良いことだけど。「普通に考えたら分かるじゃない…あんたの誕生日プレゼントを選びに来たの!」「あっ あー!なるほどそういう ことか!俺はてっきり…」笑顔でごまかしながら頭をかくテンプレートな動作をしながら直獅はひとり納得した風なことを繰り返しつぶやいた。照れ隠ししてい るのだろう。「ん?でもなんで今日選びに行くんだ?俺の趣味なら知ってるだろ?」ふと気付いたように顔を上げる。子供っぽいところはあれど決して鈍いわけ ではない直獅のことだからいずれ気付くとは思っていたけど、いざ気付かれるとやはり痛いものがある。確かに直獅の趣味なら熟知しているし、本当なら一緒に 選びに行く必要などないのだ。ここは私の怠惰や怠慢やらのせいでこうなったというのが真実なのだけど、直獅の前でそれをそのまま暴露してしまうとそれこそ 溝ができてしまうほどひどく落胆することだろう。だから、直獅のためという言い訳を内包した別の口実はちゃんと用意してある。「もちろんそこは大丈夫なん だけどさ、買う直前になってちょっと問題が…」「問題?って、何だ?」「ほら、直獅、最近背ぇ伸びたよね?サイズ一個上のが良いかとかで悩んじゃって」

「何 かと思ったら」「最近寝苦しいって言ってたから。夏布団、どうかと思って」低身長がコンプレックスである直獅を持ち上げるのはなんと簡単なことだろう。こ のまま洋服でも買いに行けば企画としては完璧だったかもしれないが、今日まで何も準備しなかった負い目もあってもう少し気を遣ったプレゼントにしたかった のだ。貧乏院生をやっている身としては正直痛い出費だがその分罪悪感も紛れるというものだ。こういう時のお年玉だよね、と私は目を閉じて身内に感謝する。 おばあちゃんも遠い親戚のおばちゃんも、こんなことに使うためにくれたわけじゃないだろうけどそこはごめんなさい!こんな年になってまで毎年お年玉もらっ てることにもごめんなさい!おかげで今ものすごく助かってます。案の定直獅は私の気遣い丸だしのプレゼントにいたく感動しているらしく、先ほどとは違った 理由で目に涙を浮かべている。「でも誕生日プレゼントにしては高すぎないか?」「ちょうど良いタイミングでスクラッチ当たったから奮発奮発」用意していた 言葉を口にしつつ、これは、予想しなかった風に心が痛む。

結局、見栄を張って身に余りすぎるサイズの布団を選んだ直獅は思ったよりも上機 嫌で、私の突発的な誕生日プレゼント計画は成功も成功、大成功だった。このまま黙っておけば良いものを、しかし私は正直に当日まで全く何の準備もしてな かったことやら道すがらついた嘘やらの全部をバラしてしまった。というのも、直獅があまりにも嬉しそうに鼻歌なんか歌うものだから、嘘なんかついてる私は 何なんだろうって情けなくなったからなのだ。直獅は妙な顔をしたけど意外にも涙を浮かべたり落胆することもなく許してくれて、ああ、彼もそういうとこ大人 になったのかなと少し寂しくなった。

「やっぱり、これ大きすぎだったね」「言っておくが、別に見栄張ったわけじゃねーからな!」部屋に運 び入れてみると、買った布団はとても大きくて、直獅ひとりが寝るには縦も横も余りすぎていた。極端に寝相が悪ければこれくらいあっても持て余さないのかも しれないが。「うっそだあ」見栄を張ってないという台詞が見栄を張っているように聞こえておかしかった。

「このくらい大きくないと、お前が一緒に寝られないだろ?」少し顔を赤らめてそう言った直獅を見逃した私は、直獅も私もまだ子供なんだなと思っていた、八月十一日。

 

 

write:2012.08.0x

陽日先生の誕生日祝い

ちゃんと誕生日の数日前には書いていたんです 本当です