あなたは『もうここには帰ってこられない、って立ち尽くす』柳蓮二くんを幸せにしてあげてください。 shindanmaker.com/474708





僕は柳が「ここまで悲しくなるものだとは思っていなかったな」とこぼすその瞬間まで、彼のことを感情を持たないロボットか何かのように思っていた。彼の笑うところ、怒るところ、泣くところ……は見たことがないけれど、とにかくそういった昂ぶった感情を吐露する姿を何度も目撃していながら、僕はそれらのひとつも真実信じたことがない。参謀だとか達人だとか呼ばれるようなつむじから爪先まで0と1で構成されていそうな柳蓮二という男を僕ら思春期真っ只中の感受性豊かな猿と同じ生き物だとはどうしても思えなかったのだ。だから今、柳の「悲しい」という言葉に脳天を鈍器で殴られたような心地で呆然としている。脳みそが停止していても足は影響を受けずうっすら雪の積もった地面を変わらず踏み続けていたので、隣を歩く柳もきっと僕の内心に気付かなかったことだろう。今もさっきと同じような感情を柳らしい言葉で表現していた。「22%だった」とか、「この柳蓮二、」とか。それがなんだか面白くなくてわざと彼の台詞を遮り心に浮かんだまま「柳も人の子だったんだ」と言うと、悲しげな顔をしていた彼は心外だ、という風に眉を上げた。「俺も感傷に浸ることくらいある」うん、今知ったよ。「でも、僕の思っていた柳蓮二はそうじゃなかったんだよなあ」「フフ、この柳蓮二、そう易々とデータを取らせはしないぞ」柳は自信ありげに笑う。今の今まで泣き出しそうな顔をしていたくせに切り替えが早い。やっぱりこいつ、ロボットなんじゃないだろうか。訝しむと僕の考えを読んだのか柳は「言っただろう、俺だって感傷的になることもある」。「じゃあ、そんな柳蓮二が卒業式当日、涙を見せる確率は?」「……分かるだろう、そんなことは計算するまでもない」確かに、それは彼の言葉を信じるなら明らかなことだった。「はは、じゃあ、楽しみにしてるよ」僕は茶化して笑ったが、柳はそれきり口をつぐんだ。雪だって降るような季節で卒業式なんてまだまだ先だ。それなのに今から何が悲しいのか柳は黙ったまま閉じた目蓋から溢れ出すような涙をぼろぼろと零し始める。「ちょ、ちょっと、柳お前、大丈夫か?」慌てて彼の前に回り込み顔を覗き込むと、訊いておいて何だがとても大丈夫そうには見えなかった。「今からそんなんで当日、どうすんだよ……」僕は慰める方法も分からず、乱暴に柳の頬を素手で拭う。マフラーに滴った涙を染み込む前に払う。あまりにも焦っていたものだから、利き手に柳のそれが重ねられたことにもしばらく気付かなかった。「卒業式の前に、お前はいなくなるじゃないか」責めるような口調に、心臓がはねる。よくよく考えてみれば、ありえないことではなかった。確かに僕は彼の言う通り卒業式の前に引っ越すことになっている。それが事実である以上いくら隠していたつもりでも参謀だとか達人だとか呼ばれるようなデータマンに把握されないわけがないのだ。きっと僕が隠したがっていることまで彼には筒抜けだったからわざわざ言わなかっただけのことで。「え、えっと……」「何か俺に、言うことはないか」表情こそ静かだが、語調にははっきりと怒りを滲ませている。彼を泣き止ませるためにもとにかく何か言わなければと「秘密にしててごめん」と頭を下げるが、足りない、と態度で示される。「泣かせてごめん」「……ああ」まだ柳は不満そうに僕を睨む。「怒らせてごめん」「ああ」まだ彼の求める答えには至っていないらしい。「もっと他に、何かないのか」謝らなければならないようなことはもっといっぱいあるような気がするのに、もう何も出てこない。それでも柳は普段は閉じたままの目蓋を押し上げて僕に視線を向けている。「じゅ、住所。引越し先の住所教えるから……」苦し紛れに絞り出した言葉にしても芸がなかった。絶対だめだこれ。ていうか重い、住所とか。年賀状書くわけでもないのに……。しかし僕の予想を裏切り柳はとても満足げな顔をしたので、その場は丸く収まったのである。
それから数ヵ月後、僕の下宿に遊びに来た柳が扉を開けた僕に開口一番「ただいま」と宣うことになるのだが、それはまだまだ先の話だ。


2015/01/05

柳蓮二をハッピーエンドに誘導する!